mitsushigehoriuchi

Mitsushige Horiuchi

ライフワークの蒐集品「大正〜昭和初期の日本のアールデコグラス (#大正モダン切子 #taishomodernkiriko )」はFacebookとweb site(下部URL)に、このInstagramには、メイン以外のガラス製品と、想い出の品や 終活で「もう処分?」と思う物を載せています。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~kiriko/s.index-2.htm


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シュガーポット 金具の摘まみが付いた象牙色の蓋が付いている口径9cm、高さ14cmの筒型の砂糖入れだ。 - 蓋の材質はエボナイト製の様だ。 エボナイトはアメリカ人のチャールズ・グッドイヤー(1800年〜1860年)がゴムを原料として作った素材で、現代のプラスチックの様に万年筆などに使われていた物だ。 - 柄は砂糖入れやグラスでもよく見かけるが、そのタイプは、これを持ち易く、かつ素早く簡単に蓋を開けられる様に改良した取手が付いている。 これには蓋開け機能が無いので、使うには不便だが見た目がスッキリしていて好きだ。 #シュガーポット  #切子  #砂糖入れ  #和ガラス  #大正モダン切子 #sugarpot #sugarbowl #sugarjar

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「電話帳全国1000億円突破記念」置時計 どうだ!と言わんばかりに1000の文字が目立つ置時計だ。 タウンページとハローページの年間広告売上額が1000億円を突破した記念にNTTが当時の関係職員に配布した記念品だ。 時期は電電公社からNTTになって6年目の平成2年(1990年)頃だった様に覚えている。 この当時、私は東京勤務で、アメリカのITT傘下の電話帳会社からイエローページ(アメリカの職業別電話帳の愛称)のノウハウを受け取る仕事をしていた。 アメリカのノウハウを展開する度に売り上げを伸ばし、その後5年程して1450億円のピークを記録したが、インターネットが普及するに連れ、紙媒体の売上が下がり続けている。

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硝子灰皿とライターのセット 昭和10年(1935年)頃に三越が販売した切子製品だ。 ネームタグに実用新案番号が金押しされ、紫色の切子灰皿の真ん中にオイル式ライターが取り付けてある灰皿だ。 当時としては高級品だったのだろう、茶色のワニ革柄の箱に入って、丁寧な取扱い説明書も付いている。 最近は禁煙が進み、灰皿は疎まれる存在になっているが、灰皿には罪は無いので、歴史の生き証人として残しおきたいものだ。 #灰皿  #三越  #実用新案  #箱  #ライター  #切子  #大正モダン切子 #cutglass #jyapanesecutglass #kiriko #ashpan #ashtrey

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PENTAX optio 330 旭光学工業(現:リコーに吸収合併されブランドとなった)が「毎日持ち歩くデジカメ」と言う謳い文句で平成13年(2001年)に発売した「ペンタックス オプティオ330」だ。 発売当時では、幅92×奥行き34.5×高さ59mmで重さ205gの本体に、広角から中望遠の光学3倍ズームレンズを搭載した300万画素程の、このクラスでは世界最小・最軽量で、販売価格は9万5000円だった。 この程度の性能のカメラなら、今のスマホの方が優秀だし、同程度のデジタルカメラなら5000円も出せば買えるし、9万5000円も出せば、高性能デジタル一丸レフカメラでも買える値段だつた。 -

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父愛用の盃 青磁の物は口径5.8㎝、高さ2.5㎝の型押しで、茶色の物は口径5.6㎝、高さ2.6㎝の手捻りで、両方とも小振り、薄手で軽めの盃で、産地などは全く分からない。 父は青磁の盃を「落ち着いた深緑色が酒の味を引き立たせる。」と言って殊に愛でていた。 私には盃で酒の味が変わるかどうかは分からないが、焼き物としては青磁の盃が良いと思う。 もう父は呑めないのが、好きだった盃だけでもと、仏壇の引出しに仕舞ってある。 #青磁  #朱泥  #盃  #sakecup

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ズングリした形のアンカーコップ ストレートで縦長のタンブラー型が多いアンカーコップだが、これは口径6.8㎝、高さ7.7㎝の大きさで、下部が丸みを帯びたズングリした形をしている。 遠目で見た時、胴部分の縦の溝が綺麗だったので、切子に見えたが手に取るとプレスガラスだった。 底には、”GF”の文字が菱形の中に入ったエンボスマークがあり、しかもそれが内側に付いている。 島田硝子製造所(現在の東洋佐々木ガラス)の”CAN”や”SGF”はよく見掛けるが、この”GF”のマークも、エンボスマークが内側に付いているのも、底が丸みを帯びた物も初見だったので参考に買った。 -

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切子の水差し 1938年(昭和13年)の佐々木硝子のカタログにある高さ24cmの水差しだ。 胴体全面に水玉模様を連続して重ねてカットした印象的なアールデコ柄は斬新で秀逸だと思う。 カタログに載っている卸価格は20円程なので、今なら6万円程だが、当時としては高級な贅沢品だった。 同じカタログに、これとお揃いのコップも載っているが、その現物は見た事が無い。 コップをメインコレクションにしている私としては、是非そちらと出会いたいものだ。 この水差しは新品の様に錆も傷も殆ど無い。 使いたい衝動に駆られるが、この時代のガラスは脆いので眺めるだけにしている。 #水差し  #ガラスの水差し  #ピッチャー  #サーバー  #アールデコ  #アールデコガラス  #和ガラス  #水玉模様 #佐々木ガラス #大正モダン切子

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ミニアンカーコップ 口径3.8cm、高さ4.3cmとぐい呑サイズの小さなアンカーコップだ。 色々なアンカーコップを見てきたが、これが初見だったので買ってみた。 底には”MADE IN JAPAN”の文字と菱形の中に”SGK”と、明治35年(1902年)創業の佐々木ガラス(現:東洋佐々木ガラス株式会社)のマークがエンボスされている。 東洋佐々木硝子のHPによると「昭和13年に食料品缶詰代用の容器としてガラス製アンカーコップの製造を開始した。」とある。 こんな小さなアンカーコップは何に使ったのだろう? #佐々木硝子  #東洋佐々木ガラス  #アンカーコップ  #ミニアンカーコップ  #代用品 #sgk #glass #madeinjapan

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度数計撮影用フィルム NTTが電電公社だった時代の電話料金メーターを撮影する為の専用フィルムだ。 写真1枚目が1975年製、写真2枚目が1981年製で、メーカーは両方とも小西六写真工業の”SAKURA FILM(モノクロ:ASA100)”だ。 写真3枚目に普通の36枚撮りを真ん中に置いたのでかなり大きい物だと分かって頂けるだろう。 - 現在の電話料金の請求データーはデジタルデーターとしてサーバーに保存され、それをコンピューターで集計して請求している。 今から40年程前までは、電話局の交換機が収容されている一角に電話料金メーター(電話機と同じ数)がズラッと並んでいて、それを特殊なカメラで自動撮影して、そのフィルムを人手で前月との差額を計算し請求していた。

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二見浦の色絵小皿 三重県二見浦の夫婦岩の色絵小皿だ。 型押しに金彩も使って手を掛けて作っている。 裏にも洒落た波模様が描いてあり、最近の物にも見えるが、"玩”の窯印は有田で江戸末期から明治中期迄使われた物だ。 使い勝手の良い、好きな小皿の一つだ。 #伊万里  #樋口窯  #二見浦  #夫婦岩  #三重県 #imari #dish #smalldish

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緑色球体花瓶 直径25㎝の球体の緑色ガラスの上部に口が立ち上がっている花瓶だ。 地味な緑色だが、刻まれた大胆な模様が目を引く。 昭和10年頃の日本製だ。 時代を経ても大胆なデザインは今でも色褪せていない。 #花卉  #花瓶  #ガラス花瓶  #切子  #和ガラス #昭和 #大正モダン切子 #cutglass #japanesecutglass #vase #kiriko

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ポケット電卓 今から30年以上前のシャープ製のポケット電卓だ。 名刺サイズのコンパクトさで、計算機だけでなく、ストップウヲッチやアラームの付いた時計機能がついている。 会議やお客様訪問等のスケジュール管理に重宝した。 価格はハッキリ覚えていないが、当時5000円近くした高価な物だった。 これはポケット電卓としては2代目で、仕事で一番長く使った電卓だ。 今は液晶が壊れて使えないが、様々な事を共に乗り越えて来た同志の様な気がして、今でも机の隅に仕舞っている。 - 昭和39年(1964年)に世界初のオールトランジスタ電卓を造ったのはシャープだった。 一時倒産寸前まで行き、外資の助けを得て、余命を保っているが、便利なアイディア製品などを沢山作っていた。

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インドのラムネ瓶 かなり前、友人がガラス好きの私に「このラムネ瓶は日本と違って形や大きさが変わっていて面白いだろう。」とインド土産に2種類のラムネ瓶をくれた。 確かに、大きさが大きくてビー玉を止める窪みの形が慣れ親しんだ日本の物とは違っている。 日本の物は丸くドングリ目だが、これはキツネの目の様に見える。(笑) 瓶のエンボスを頼りにネットで調べるとインド製では無く、イギリス製のコッド型のラムネ瓶で夫々違う現存しないメーカー製だった。 インドはかつてイギリスの植民地だった時代があるので、イギリスから輸入して使っているのだろう。 インドでは、現在もガラスのラムネ瓶で炭酸飲料が売られているそうだ。

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湯村温泉「とみや」の靴ベラ 2枚目写真の様に、縦7.3㎝の靴ベラに“♨内湯岩風呂 とみや 電 湯村 一、三二 番”と彫ってある。 宿泊客へのノベルティだったのだろう。 電話番号から時代は昭和初期頃だ。 祖父が持ち帰った物かも知れない。 “とみや”でググると、“とみや ☎0796-92-0001”と現存した。 - 湯村温泉は1200年程前に慈覚大師により発見されたと言われ、私も30年程前に訪れたが、兵庫県の日本海に近い山間部にあり、豊かな自然環境に恵まれた静かな温泉郷だった。 泉質は中性のナトリウム炭酸水素塩・塩化物・硫酸塩泉で、湯上りの肌がスベスベ・シットリする事から“美人の湯”と言われる良泉だが、毎分500L弱が98度の高熱で湧出するので別名“荒湯”とも呼ばれる。 -

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銀塩写真の35mmフィルム 今から30年程前のデットストック品だ。 フィルムは繊細な化学物質なので、未開封だがもう使えないだろう。 当時の一般的なフィルムメーカーとしては コダック(アメリカ)、フジ(日本)、サクラ(日本)、アグファ(西ドイツ)が4大ブランドだった。 夫々に色の特徴があり、私はコダックとフジを被写体により使い分けていたので、ストック用に買い置きしていた。 - フィルムには表面に感光媒体としてハロゲン化銀を含んだ薄い膜が塗布されている。  それに光が当ると、科学変化が起こり、潜像(直接見えない画像)として記録される。 その潜像を現像することで顕像(目に見える画像)として定着液で安定させる。 この様にフィルム撮影の過程は全て繊細な化学反応だ。

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ガラスのジュエリーケース 金メッキされた横幅11cm、奥行6cm、高さ4cmの金属枠に、横3面と上に面取りしたガラス板を、底には鏡張りでキラキラと眩しい小箱だ。 金属部分がくすんでいるので、かなり古い様だが、制作年代の手掛かりになる特徴が見当たらない。 底の鏡や横のガラスには使用した傷が無く、蓋のヒンジが固いので、未使用品に近いだろう。 ガラスは青み掛かっているが透明度が高く泡も無い、良質なガラスを使っている。 上蓋には大胆な図柄で洋風の花が彫ってある。 ガラスの質感と、洋風の花柄から和物では無さそうだ。 あまり見掛ない物で、そこそこの値段だったので参考品として買ったが、そのままになっている。 #ガラス宝石箱  #宝石箱  #ジュエリーケース  #jewelbox #jewelcase  #glasscase

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レンズ付フィルム ”使い捨てカメラ”とか”使い切りカメラ”と言った方がピンと来るだろう。 1986年(昭和61年)に富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス)が、外出時にカメラを忘れた場合などを想定し“写ルンです(うつルンです、日本国外名QuickSnap)”を発売したのが最初だ。 これが、観光地などで買って即ぐに撮影できる手軽さと、誰でもシャッターを押すだけで撮影でき、フィルムを扱う際の失敗が無い事でヒットし、急速に普及していった。 初期モデルは、サイズの小さなカートリッジ式の110フィルムだったが、直ぐに35ミリフィルムで当時の常用としては高感度のISO400を使用したモデルが登場し主流となった。

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養命酒のグラス 口径2.8㎝、高さ5.3㎝の小さな透明のグラスに「養命酒」の赤い文字がプリントされている。 養命酒は、養命酒製造株式会社が製造販売する薬用酒で、14種類の生薬の薬効で滋養強壮の効能を持つとされている。 アルコール分14%のれっきとした酒だ。 その為に、手術や出産直後などで出血中の場合や、乗物・機械類の運転操作を行う場合の服用は禁忌とされている。 我が家でも、両親が疲れると飲んでいたが、私は漢方の匂いや味が苦手だった。 - 養命酒は、 慶長7年(1602年)に信州伊那の谷(現在の長野県上伊那郡中川村)の塩澤宗閑により創製された。 以来400年を超える歴史を持つ長ロングセラー商品だ。 1603年には徳川家康に献上されたり、赤穂浪士も飲んでいたと言う記録がある。