@mitsushigehoriuchi

Mitsushige Horiuchi @mitsushigehoriuchi

ライフワークの蒐集品「大正〜昭和初期の日本のアールデコグラス (#大正モダン切子 #taishomodernkiriko )」はFacebookとweb site(下部URL)に、このInstagramには、メイン以外のガラス製品と、想い出の品や 終活で「もう処分?」と思う物を載せています。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~kiriko/s.index-2.htm

野村阪神応援ハガキ
1999年(平成11年)に作られた、
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野村阪神応援ハガキ 1999年(平成11年)に作られた、"ガンバレ!! 阪神タイガース!! ハガキセット"だ。 特製ホルダーの中には、タイガースマークや野村新監督の似顔絵等が印刷された5種類の50円特製ハガキが入っている。 当時、大阪勤務だった私は、熱心なタイガースファンの部下に頼まれて買った。 私は、弱小時代からのカープファンだったので、使う事無く仕舞っていた。 久し振りに見ると、当時の弱かった阪神を何とかしたいという思いの籠った物だと思うと共に、懐かしい。 - 生え抜きを中心の監督人事の阪神タイガースだったが、1985年(昭和60年)の球団創立50周年での日本一以降、長期に低迷したままだった。

真っ赤な冠水瓶
真ん丸く真っ赤な色が目を引く、吹きガラス製の冠水瓶だ。
厚みが3mmもあり重たい。
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この様なアールデコ調のフォルムは初見だったので買っては見たものの、グラスとしても使う蓋が真ん丸で大きくて持ちにくく、使う時にはかなり上向かないと飲めないのは非実用的だなと思った。
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時代判別の手掛かりの決め手は無いが、①アールデコ調の形 ②厚みがある ③加工精度が粗目 ④ドギツイ銅赤の発色 という事から昭和初期の可能性かと思ったが、1960年(昭和35年)代の可能性の方が高い気もする。
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冠水瓶は、講演会や会議等の講演者や来賓者の喉を潤す為の水を入れる器の名前だ。
昔の和風旅館では枕元に置いてある所もあった。
最近で見掛けるのは国会中継くらいだ。
名前も知らない人も多いのではないだろうか。
私が会社員生活を始めた頃は、講演会や会議で、準備するのを手伝ったものだ。
その時のマナーは、
・冠水瓶の水は常温で出すのが基本。 冷水の希望があれば、クラッシュアイスを入れ、水滴が落ちて書類等を濡らさない様に布製の下敷きを敷く。
・予め注いで出さず、グラス兼用の蓋は被せたままにしておく。
・おしぼりを添えておく。
・・・と言うものだった。
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現代はペットボトルになり、冠水瓶時代のマナーとは変ったが、常温で出すとか、おしぼりを添えるのは引き継がれ、別にグラスを用意している。
冠水瓶時代を知っている者から見ればペットボトルは略式で、講演者や来賓に対して失礼に思えるが、これからは、ペットボトルでのマナーが定着して行くのだろう。
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今でも、冠水瓶でなければと言う人がいらっしゃるらしく、今でも様々な冠水瓶が作られている。
デパートに食器売り場には無いが、ネットでは様々な種類の冠水瓶が販売されている。
その中には、切子製もあるが、形や柄などは昔の物と似ているが雰囲気が違っている。
#冠水瓶 #水差し #講演会 #マナー #和ガラス #昭和 #アールデコ #和風アールデコ
#artdeco #glass #waterjug #pitcher
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真っ赤な冠水瓶 真ん丸く真っ赤な色が目を引く、吹きガラス製の冠水瓶だ。 厚みが3mmもあり重たい。 - この様なアールデコ調のフォルムは初見だったので買っては見たものの、グラスとしても使う蓋が真ん丸で大きくて持ちにくく、使う時にはかなり上向かないと飲めないのは非実用的だなと思った。 - 時代判別の手掛かりの決め手は無いが、①アールデコ調の形 ②厚みがある ③加工精度が粗目 ④ドギツイ銅赤の発色 という事から昭和初期の可能性かと思ったが、1960年(昭和35年)代の可能性の方が高い気もする。 - 冠水瓶は、講演会や会議等の講演者や来賓者の喉を潤す為の水を入れる器の名前だ。 昔の和風旅館では枕元に置いてある所もあった。 最近で見掛けるのは国会中継くらいだ。

兎色絵小皿
直径11㎝の皿に2羽の兎をコミカルに描いている。
大正期の色絵皿で、その色使いや図柄が時代の雰囲気としてよく表われている。
数ある兎皿の中で一番のお気に入りだ。
-
釉薬や土から、伊万里では無い。 
瀬戸の様な気がするが、ハッキリした事は分からない。
-
30年程前にふと覗いた地元の骨董市で買い、兎のホノボノとした表情を何時も眺めていたいと思い、特注の額を誂えたら、皿の値段より遥かに掛ってしまった。
以来、この様な小皿が無いかと探しているが、これを超える物にお目に掛からないので、額は高かったが、これなら壊す心配無く眺めていられるので、大正解だったと思っている。
#兎 #兎皿 #小皿 #色絵皿 #うさぎ #うさぎ皿 #お気に入り #ほのぼの #ホノボノ #額 #扁額 #大正 #大正時代 #大正期 #大好き 
#coney  #rabbit  #cony  #pika #rock  #rabbit #hare #dish #smalldish #taisho #rabbitdish
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兎色絵小皿 直径11㎝の皿に2羽の兎をコミカルに描いている。 大正期の色絵皿で、その色使いや図柄が時代の雰囲気としてよく表われている。 数ある兎皿の中で一番のお気に入りだ。 - 釉薬や土から、伊万里では無い。 瀬戸の様な気がするが、ハッキリした事は分からない。 - 30年程前にふと覗いた地元の骨董市で買い、兎のホノボノとした表情を何時も眺めていたいと思い、特注の額を誂えたら、皿の値段より遥かに掛ってしまった。 以来、この様な小皿が無いかと探しているが、これを超える物にお目に掛からないので、額は高かったが、これなら壊す心配無く眺めていられるので、大正解だったと思っている。 #兎  #兎皿  #小皿  #色絵皿  #うさぎ  #うさぎ皿  #お気に入り  #ほのぼの  #ホノボノ  #額  #扁額  #大正 

鯛味噌(蓋付きアンカーコップ)
この小汚い物体は、昭和15年(1940年)辺りに作られた、高さ9.4㎝の蓋が付いたままのアンカーコップだ。
太平洋戦争の時代(昭和16年:1941年~昭和20年:1945年)では金属を戦争に使うので不足して缶詰が出来なくなり、代用品としてこの様なガラスコップが使われ、アンカーコップと呼ばれていた。
コップ自体は様々なサイズがあり、骨董市で一個1000円程度でよく見掛けるが、この様に当時の蓋が付いたままの物は、今迄にこれ以外には見た事が無い。
興味の無い人には汚いだけの物だか、マニアにとっては、コップの口を覆う鉄製の蓋の両脇に耳が付いていて、これを引っ張り開封する仕組みだった事が分かる面白い物だ。
アンカーコップを蒐集していても、蓋がどんな物か実物で知る人は少ないだろう。
製造会社が分かる様なエンボスマークは無い。
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鯛味噌が入っていた物で、商品ラベルには赤い鯛の絵と
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鯛味噌(蓋付きアンカーコップ) この小汚い物体は、昭和15年(1940年)辺りに作られた、高さ9.4㎝の蓋が付いたままのアンカーコップだ。 太平洋戦争の時代(昭和16年:1941年~昭和20年:1945年)では金属を戦争に使うので不足して缶詰が出来なくなり、代用品としてこの様なガラスコップが使われ、アンカーコップと呼ばれていた。 コップ自体は様々なサイズがあり、骨董市で一個1000円程度でよく見掛けるが、この様に当時の蓋が付いたままの物は、今迄にこれ以外には見た事が無い。 興味の無い人には汚いだけの物だか、マニアにとっては、コップの口を覆う鉄製の蓋の両脇に耳が付いていて、これを引っ張り開封する仕組みだった事が分かる面白い物だ。

WC記念カップヌードル
1998年6月25日の賞味期限が表示された、サッカーワールドカップ記念の日清のカップヌードルだ。
何処の大会かは書いて無いが、時期的に見て、第16回の1998 FIFAワールドカップ フランス大会だろう。
蓋には1998年7月31日までの応募期限で、日本チームの帽子とシャツの応募券が付いている。
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ビニール袋に包み、倉庫に仕舞って居た物が、20年振りに出て来た。
見るも無残な姿だが、何もせず、ただ置いておくだけで、こんなになるとは驚いた。
かなり変な臭いもする。
調べると、ちゃんと包装している物でも、1年以上置くと徐々に変質して来ると言う。
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2018年11月29日の私のインスタ記事で
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WC記念カップヌードル 1998年6月25日の賞味期限が表示された、サッカーワールドカップ記念の日清のカップヌードルだ。 何処の大会かは書いて無いが、時期的に見て、第16回の1998 FIFAワールドカップ フランス大会だろう。 蓋には1998年7月31日までの応募期限で、日本チームの帽子とシャツの応募券が付いている。 - ビニール袋に包み、倉庫に仕舞って居た物が、20年振りに出て来た。 見るも無残な姿だが、何もせず、ただ置いておくだけで、こんなになるとは驚いた。 かなり変な臭いもする。 調べると、ちゃんと包装している物でも、1年以上置くと徐々に変質して来ると言う。 - 2018年11月29日の私のインスタ記事で"2000年に買った、10年保存計画のアルミ缶のカップヌードル”が出て来た時の記事を載せたが、其れよりも古い物だった。

太鼓型縦長花瓶
昭和10年(1935年)以前の高さ23センチのやや大振りの花瓶だ。
連続の小さな丸紋の連なりが印象的だ。
花瓶としても使えるが、これ自体がアールデコのオブジェだと思う。
#花瓶 #青花瓶 #太鼓型 #縦長 #アールデコ #大正モダン切子 #切子 #丸紋 
#vase #blue #artdeco #taishomodernkiriko
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太鼓型縦長花瓶 昭和10年(1935年)以前の高さ23センチのやや大振りの花瓶だ。 連続の小さな丸紋の連なりが印象的だ。 花瓶としても使えるが、これ自体がアールデコのオブジェだと思う。 #花瓶  #青花瓶  #太鼓型  #縦長  #アールデコ  #大正モダン切子  #切子  #丸紋  #vase #blue #artdeco #taishomodernkiriko

CASIO電卓
1973年(昭和48年)頃の10桁のカシオ電卓で、型番はCASIO-101uだ。
今なら百均で買う電卓と同じ性能だが、まだファンが居るらしく、ネットオークションで2000円で落札されていた。
当時の価格は26,500円(現在の物価で15万円程)だった。
父が買って丁寧に使っていたので、ケースもそのまま残っている。
-
カシオ計算機株式会社は、電卓、電子辞書、電子楽器、時計、デジタルカメラなどを扱う日本の電機メーカーだ。
1946年(昭和21年)- 樫尾忠雄が東京都三鷹市に樫尾製作所を設立。
1954年(昭和29年)- 機械式計算機が主流だった時期に歯車などの機械的機構を用いず、演算素子に継電器(リレー)を使った小型純電気式計算機の試作機を完成。
1957年(昭和31年)- カシオ計算機株式会社を設立。
1972年(昭和47年)- 世界初のパーソナル電卓「カシオミニ」を12,800円(現在物価で8万円程)で発売し、当時としては手頃な価格で爆発的に売れ、後継シリーズも合わせて累計1000万台以上販売を記録した。
その後、時計やカメラも手掛け、現在に至っている。
#カシオ計算機株式会社 #樫尾忠雄 #カシオ電卓 #電卓 #カシオミニ 
#CASIO #CASIO-101u #101u
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CASIO電卓 1973年(昭和48年)頃の10桁のカシオ電卓で、型番はCASIO-101uだ。 今なら百均で買う電卓と同じ性能だが、まだファンが居るらしく、ネットオークションで2000円で落札されていた。 当時の価格は26,500円(現在の物価で15万円程)だった。 父が買って丁寧に使っていたので、ケースもそのまま残っている。 - カシオ計算機株式会社は、電卓、電子辞書、電子楽器、時計、デジタルカメラなどを扱う日本の電機メーカーだ。 1946年(昭和21年)- 樫尾忠雄が東京都三鷹市に樫尾製作所を設立。 1954年(昭和29年)- 機械式計算機が主流だった時期に歯車などの機械的機構を用いず、演算素子に継電器(リレー)を使った小型純電気式計算機の試作機を完成。 1957年(昭和31年)- カシオ計算機株式会社を設立。 1972年(昭和47年)-

縦長 赤大花瓶
昭和10年(1935年)以前に作られた高さ26㎝の大型花瓶だ。
その当時の共箱入りで、弱い紫外線反応も出る。
大きく肩の張った形と、胴に大小の丸紋をリズミカルに配置したアールデコデザインが目を引く。
#切子 #花瓶 #大正モダン切子 #アールデコ #和ガラス #昭和 #
#vase #artdeco #taishomodernkiriko #showa #japaneseglass
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縦長 赤大花瓶 昭和10年(1935年)以前に作られた高さ26㎝の大型花瓶だ。 その当時の共箱入りで、弱い紫外線反応も出る。 大きく肩の張った形と、胴に大小の丸紋をリズミカルに配置したアールデコデザインが目を引く。 #切子  #花瓶  #大正モダン切子  #アールデコ  #和ガラス  #昭和  # #vase  #artdeco #taishomodernkiriko #showa #japaneseglass

計算尺
ヘンミ計算尺社製のHEMMI No.2664Sだ。
昭和40年(1965年)高校時代に買い、2年間程使ったが、その後は机の引き出しに置いたままだったので綺麗だ。
10インチサイズの片面型の計算尺で、竹にセルロイドを張った本体に、金属枠にガラスが嵌めてあるカーソルが付いている。
ケースは厚紙製だ。
-
これは寿命の長いモデルで、最も普及したモデルで、絶版となった今では、マニアに名機だったと言われている。
購入時の価格は1700円程(現在の物価換算で約1万円)くらいだった。
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計算尺は対数の原理を利用したアナログ式の計算用具だ。
電卓の無い時代、計算尺は掛け算、割り算、対数を計算するには大変便利な計算器だった。
とは言っても、電卓の様に小数第一位迄ピタリとは出ず、概算だったが、当時はそれで不便は無かった。
計算尺は今も当時のまま動くが、私は視力が衰えたので使えない。
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計算尺の形状は、この様な棒状の他に円盤状の物がある。 
ほとんどのものが乗除算および三角関数、対数、平方根、立方根などの計算用だ。
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関数電卓が普及するまでは、計算尺は数理系の研究者にとって必須のアイテムだった。
史上初の原子炉を開発した際の主要人物エンリコ・フェルミは、計算尺の達人だつたという。
またロケット開発の元祖フォン・ブラウンも使用していた。
原子爆弾開発やアポロ計画の記録映像でも、科学者が現場で用いていた様子が残っている。
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1970年(昭和45年)に月面飛行を目指しトラブルに見舞われ、奇跡の生還を果たした宇宙船アポロ13号の実話を1995年(平成7年)に映画化したアメリカ映画『アポロ13』では、司令船の航法コンピュータの電源を切る前に、主演のトム・ハンクスが軌道計算を計算尺で検算する場面が登場するが、それは日本のヘンミ計算尺だった。
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1970年代頃まで理工学系設計計算や測量などの用途で利用されていたが関数電卓の登場で、1980年(昭和55年)頃には殆どのメーカーで生産中止となった。
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日本での歴史は
・1894年(明治27年)- フランスのマンハイム計算尺を廣田理太郎と内務省官僚・近藤虎五郎が欧米視察の土産として持ち帰ったのが最初とされる。
・1895年(明治28年)- 逸見治郎(へんみじろう)が独自の計算尺を完成
・1909年 (明治42年)- 逸見治郎が特許出願(特許第22129號)
・1933年 (昭和8年)- 逸見治郎が逸見製作所(現・ヘンミ計算尺)を創業
日本の計算尺は本体に孟宗竹を使用したので、狂いが無く、耐久性が良いと評判を呼び、最盛期にはヘンミ計算尺のシェアは日本で約98%、世界では約80%を占めた。
・1970年(昭和45年)代までは、理工学系分野で計算尺が盛んに利用され、中学・高校での数学の授業で使われた。
・1980年(昭和55年)頃 、関数電卓が普及し、大部分のメーカーで生産中止となった。
計算尺で世界最大手のヘンミ計算尺は、その後、半導体製造へと業態変更して存続している。 -
現在入手可能な計算尺としては・・・円盤状の計算尺はコンサイス社製の操縦士向けの物、棒状計算尺はヘンミ計算尺社製の特殊計算尺だけだ。
この様な物は、ネットオークションに多数出回っているので、まだ入手出来るので、興味ある方は今が最期の入手チャンスだろう。
#計算尺 #逸見治郎 #ヘンミ計算尺 #棒状計算尺 #逸見製作所 #三角関数 #対数 #平方根 #立方根 #孟宗竹 #トムハンクス #アポロ13  #対数
#HEMMI #No.2664S
@mitsushigehoriuchi

計算尺 ヘンミ計算尺社製のHEMMI No.2664Sだ。 昭和40年(1965年)高校時代に買い、2年間程使ったが、その後は机の引き出しに置いたままだったので綺麗だ。 10インチサイズの片面型の計算尺で、竹にセルロイドを張った本体に、金属枠にガラスが嵌めてあるカーソルが付いている。 ケースは厚紙製だ。 - これは寿命の長いモデルで、最も普及したモデルで、絶版となった今では、マニアに名機だったと言われている。 購入時の価格は1700円程(現在の物価換算で約1万円)くらいだった。 - 計算尺は対数の原理を利用したアナログ式の計算用具だ。 電卓の無い時代、計算尺は掛け算、割り算、対数を計算するには大変便利な計算器だった。 とは言っても、電卓の様に小数第一位迄ピタリとは出ず、概算だったが、当時はそれで不便は無かった。

プレスガラスの醤油差し
頭は無色透明、胴は青の透明な素材の高さ11㎝の醤油差しだ。
胴上部に鱗紋、下半分には矢来紋、底には菊花紋と江戸切子の伝統柄で覆ってある。
デザインの好みは別として、プレスガラスとしては手の込んだ丁寧な作りだ。
弱い紫外線反応が出るので昭和初期の物だろう。
#醤油差し #江戸切子 #伝統柄 #鱗紋 #矢来紋 #菊花紋 #和ガラス 
#soysaucecruet #cruet #jananeseglass
@mitsushigehoriuchi

プレスガラスの醤油差し 頭は無色透明、胴は青の透明な素材の高さ11㎝の醤油差しだ。 胴上部に鱗紋、下半分には矢来紋、底には菊花紋と江戸切子の伝統柄で覆ってある。 デザインの好みは別として、プレスガラスとしては手の込んだ丁寧な作りだ。 弱い紫外線反応が出るので昭和初期の物だろう。 #醤油差し  #江戸切子  #伝統柄  #鱗紋  #矢来紋  #菊花紋  #和ガラス  #soysaucecruet  #cruet  #jananeseglass

鷺図柄の横長角皿
横幅29.5㎝、立幅22.5㎝と横広い、鷺図柄の角皿だ。
10羽の鷺、水面や草は印判だが、余白は彩潰ししてあり、凝った図案で手間を掛けた作りなので、手に取らないと手描きに見える。
色と裏の柄ゆきから見て、明治辺りの伊万里だろう。
角皿は私が骨董に嵌った原点で200枚程蒐集したが、この様な物は形・柄・製法ともに珍しい。
印判なので、大量に作られたと思うが、40年以上見続けているが、今の所出会ったのは、これだけだ。
-
白鷺(しらさぎ)とは、ペリカン目サギ科のダイサギ・チュウサギ・コサギ等の全身が白いサギ類の総称で、白鷺という名前の種類はない。
昔は、日本全国至る所に居たらしく、各地の温泉の発見物語に白鷺が登場する伝説も数多い。
我が故郷の”道後温泉”にも「足を痛めた白鷺が岩の間から流れ出る湯に浸していると傷は癒え、飛び立って行くのを見た村人が手を浸すと、効能のある温泉だった。」と言う伝説がある。
以来、白鷺は道後温泉のシンボルの一つとして、現在の道後温泉本館の周囲の柵にも白鷺の姿があり、近くには”鷺谷”という地名もある。
鷺は最も温泉好きな鳥なのだろうか?(笑)
#伊万里 #角皿 #鷺 #白鷺 #だみ #彩潰 #はくろ #サギ
#imari #whiteegret #egret #plate
@mitsushigehoriuchi

鷺図柄の横長角皿 横幅29.5㎝、立幅22.5㎝と横広い、鷺図柄の角皿だ。 10羽の鷺、水面や草は印判だが、余白は彩潰ししてあり、凝った図案で手間を掛けた作りなので、手に取らないと手描きに見える。 色と裏の柄ゆきから見て、明治辺りの伊万里だろう。 角皿は私が骨董に嵌った原点で200枚程蒐集したが、この様な物は形・柄・製法ともに珍しい。 印判なので、大量に作られたと思うが、40年以上見続けているが、今の所出会ったのは、これだけだ。 - 白鷺(しらさぎ)とは、ペリカン目サギ科のダイサギ・チュウサギ・コサギ等の全身が白いサギ類の総称で、白鷺という名前の種類はない。 昔は、日本全国至る所に居たらしく、各地の温泉の発見物語に白鷺が登場する伝説も数多い。

花柄切子花瓶
昭和初期の日本製、高さ32㎝、肉厚3mm程で私の持っているガラス花瓶としては大き目だ。
胴部には目立つ洋風の花が刻まれているが、今の感覚では、ややダサい感じがする。
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近年は骨董商の間で、茶道関連以外の花瓶や喫煙具を扱わない人が増えている。
一般の物は需要が無くて売れ残るからだと言う。
そう言えば、自分の周りでも、最近は花を生けたり、タバコを吸う事が無くなっているので、頷ける。
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私の小さな頃には、この様な花瓶をよく見かけた様に思うが、形や図柄が時代にそぐわず、今は残っていないのだろう。
私の好みでは無いが、日本ガラス史の資料として、一つくらいは後世に伝わって行くと良いなと思う。
#切子 #花瓶 #大正モダン切子 #アールデコ #和ガラス #昭和 #六角 
#vase #artdeco #taishomodernkiriko #showa #japan
@mitsushigehoriuchi

花柄切子花瓶 昭和初期の日本製、高さ32㎝、肉厚3mm程で私の持っているガラス花瓶としては大き目だ。 胴部には目立つ洋風の花が刻まれているが、今の感覚では、ややダサい感じがする。 - 近年は骨董商の間で、茶道関連以外の花瓶や喫煙具を扱わない人が増えている。 一般の物は需要が無くて売れ残るからだと言う。 そう言えば、自分の周りでも、最近は花を生けたり、タバコを吸う事が無くなっているので、頷ける。 - 私の小さな頃には、この様な花瓶をよく見かけた様に思うが、形や図柄が時代にそぐわず、今は残っていないのだろう。 私の好みでは無いが、日本ガラス史の資料として、一つくらいは後世に伝わって行くと良いなと思う。 #切子  #花瓶  #大正モダン切子  #アールデコ  #和ガラス  #昭和  #六角 #vase 

オリエンタル中村百貨店のトランプ
名古屋市一番の繁華街 栄(さかえ)に本店を置いていたオリエンタル中村百貨店のトランプだ。
これは、昭和49年(1974年)に星ヶ丘店を開業した時のノベルティで、イメージカラーとシンボルデザインがトランプ面に印刷されている。
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オリエンタル中村百貨店は、名古屋の老舗 中村呉服店が昭和29年(1954年)に百貨店経営に乗り出し、オリエンタル中村百貨店と改称した。
一時は、松坂屋、丸栄、名鉄百貨店と並ぶ、名古屋の4大百貨店として競ったが、昭和55年(1980年)に三越の傘下入りし、名古屋三越となり現在に至っている。
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本店正面玄関前には
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オリエンタル中村百貨店のトランプ 名古屋市一番の繁華街 栄(さかえ)に本店を置いていたオリエンタル中村百貨店のトランプだ。 これは、昭和49年(1974年)に星ヶ丘店を開業した時のノベルティで、イメージカラーとシンボルデザインがトランプ面に印刷されている。 - オリエンタル中村百貨店は、名古屋の老舗 中村呉服店が昭和29年(1954年)に百貨店経営に乗り出し、オリエンタル中村百貨店と改称した。 一時は、松坂屋、丸栄、名鉄百貨店と並ぶ、名古屋の4大百貨店として競ったが、昭和55年(1980年)に三越の傘下入りし、名古屋三越となり現在に至っている。 - 本店正面玄関前には"カンガルー像"があり、栄での待ち合わせスポットとして有名だった。

シール付き赤鉢
中央に丸柄を繋げ、左右に花柄を散らした大胆な構図の直径22㎝の赤い鉢だ。
未使用で、底に
@mitsushigehoriuchi

シール付き赤鉢 中央に丸柄を繋げ、左右に花柄を散らした大胆な構図の直径22㎝の赤い鉢だ。 未使用で、底に"大阪硝子研磨業組合員之證"と書いた印刷された直径2㎝程の紫色シールが貼ったままになっている。 大阪硝子研磨業組合でググって見たが、分からなかった。 気に掛けておけば、何処か出会うかも知れない。 根気よく調べてみようと思う。 シールも時代等を知る手掛かりとして、箱や本体にも劣らない重要な資料だ。 #切子  #鉢  #大正モダン切子  #アールデコ  #和ガラス  #昭和  #六角 #bowl  #artdeco #taishomodernkiriko #showa #japane

インク消
箱に
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インク消 箱に"KOKUEI Maruhane INK ERADICATOR”と書いてあるインク消だ。 昭和40年(1965年)頃に買って使っていた物だ。 日本語と英語で説明書きがあるが、日本語の社名は無い。 説明書き以外の日本語は"インキ消"だけで、その"インキ"という呼び名にはレトロな匂いが漂う。 ググったが、社名も商品名にも該当は無かった。 - インク消しは、万年筆などの筆跡を化学的に消去する文房具で、ブルーブラックインクや染料系のインクを消すことができ、顔料系インクは消せない。 1液と2液があり、その順で消したい部分に塗布すると消せる。 1液にはシュウ酸、塩酸の液で、2液には次亜塩素酸ナトリウムの液がよくあるものだ。 1液でインクの酸化鉄を還元し、2液で染料インクを酸化させる事で無色になる原理になっている。

青色亀甲柄花瓶
昭和初期の一輪挿しだ。
縦長で、ドギツイ青色の胴に縦に4個のややひしゃげた六角形が連らなっている高さ20㎝の器だ。
六角形は、日本の伝統柄では亀甲と呼ばれる。
その辺りを意識した様に思える和風アールデコデザインだ。
弱い紫外線反応もある。
#切子 #花瓶 #大正モダン切子 #アールデコ #和ガラス #昭和 #六角 #亀甲柄
#vase #artdeco #taishomodernkiriko #showa #japane
@mitsushigehoriuchi

青色亀甲柄花瓶 昭和初期の一輪挿しだ。 縦長で、ドギツイ青色の胴に縦に4個のややひしゃげた六角形が連らなっている高さ20㎝の器だ。 六角形は、日本の伝統柄では亀甲と呼ばれる。 その辺りを意識した様に思える和風アールデコデザインだ。 弱い紫外線反応もある。 #切子  #花瓶  #大正モダン切子  #アールデコ  #和ガラス  #昭和  #六角 #亀甲柄 #vase  #artdeco #taishomodernkiriko #showa #japane

インク吸い取り器
木製のインク吸い取り器だ。
父が使っていた物で、昭和20年(1945年)代前半の物だ。
吸い取り紙を取り付けて使う。
昭和40年(1965年)代まで20年間程使っていた。
購入当時は終戦間もなくて、物資が無かった時代だったので、さして良い物では無い。
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今の様にボールペンの無い時代の事務所での筆記用具はインクと言うのが常だった。
それもインク壺にペンを浸して書き始めると、書き始めの紙の上にインク溜まりが出来て滲むので、これを使って吸い取っていた。
こう言う説明をしても、ピンと来ない方も多くなったと思う。
これも、時代が移り変り忘れ去られようとする物の一つなのだろう。
#インク #インク吸い取り器 #吸い取り紙 #ペン
#ink #blotting paper
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インク吸い取り器 木製のインク吸い取り器だ。 父が使っていた物で、昭和20年(1945年)代前半の物だ。 吸い取り紙を取り付けて使う。 昭和40年(1965年)代まで20年間程使っていた。 購入当時は終戦間もなくて、物資が無かった時代だったので、さして良い物では無い。 - 今の様にボールペンの無い時代の事務所での筆記用具はインクと言うのが常だった。 それもインク壺にペンを浸して書き始めると、書き始めの紙の上にインク溜まりが出来て滲むので、これを使って吸い取っていた。 こう言う説明をしても、ピンと来ない方も多くなったと思う。 これも、時代が移り変り忘れ去られようとする物の一つなのだろう。 #インク  #インク吸い取り器  #吸い取り紙  #ペン #ink  #blotting paper

向日葵(ひまわり)柄赤鉢
赤い箱に入った昭和10年頃の日本で作った直径22㎝の深鉢だ。
向日葵柄を細い線で繋いだデザインが楽しい。
共箱の蓋の裏には、庭で遊ぶ様々な人物が中国風の線画で描かれたものが貼ってある。
この意味と趣味は???
#切子 #鉢 #大正モダン切子 #アールデコ #和ガラス #昭和 #六角 
#bowl #artdeco #taishomodernkiriko #showa #japan
@mitsushigehoriuchi

向日葵(ひまわり)柄赤鉢 赤い箱に入った昭和10年頃の日本で作った直径22㎝の深鉢だ。 向日葵柄を細い線で繋いだデザインが楽しい。 共箱の蓋の裏には、庭で遊ぶ様々な人物が中国風の線画で描かれたものが貼ってある。 この意味と趣味は??? #切子  #鉢  #大正モダン切子  #アールデコ  #和ガラス  #昭和  #六角 #bowl  #artdeco #taishomodernkiriko #showa #japan

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